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[ 壱州人辞典 No.67 ]海女女将:大川香菜

-25年ぶりの海女後継者として地域おこし協力隊制度を活用し、2013年5月に28歳で壱岐へ移住。海に詳しいという理由で案内役に任命された、のちに伴侶となる夫と出会い、海女修行をしながらゲストハウスの開業準備を進める。2016年4月にみなとやゲストハウスを開業する。岩手県陸前高田市出身・芦辺町在住。-

 

 

Q1.壱岐に来て良かったなと感じる瞬間はいつですか?

何気ない日常のふとした時に「あぁ、よかったな」と思う瞬間があります。具体的に言うとひとつは出勤の風景です。東京で8年間暮らしていた時は出勤するストレスがありました。みんな急いでいて、人と人が密状態で1時間電車に乗って。「またこの満員電車に乗るのか、疲れたな」って思うことがよくありました。

壱岐での出勤風景は、自然が多く、四季の移り変わり、朝から夜までの空の色、人の流れ、海の状況、毎日違って面白い。すれ違う人とは挨拶をして、おなじみの人ばかりで安心しています。

 

自分のやりたい「海女の仕事」をするために来たけど、まさかゲストハウスを始めてこんなにいろんな人に会うとか、サーフィンを始めてもっと海の面白さを知るとか、結婚も子どもができるとも思っていなかったです。1つの目的、海女をするために来たのに、いろんな楽しみが増え、さらに相乗効果で楽しみが倍増しています。

壱岐に来て、まだ?もう?9年目だけど、9歳はまだまだ壱岐生活小学3年生くらいです!(笑) その年齢のいろんな楽しみ方があり、今の瞬間の楽しみと、何年後かの楽しみがまだまだあるなーっていう感じがしています。

 

Q2.これから壱岐でどんなことをやっていきたいですか

いろんな考えを持った人、いろんな人種の人、英語話す人、フランス語を話す人、いろんな人が混ざり合う“国際通り”みたいになればいいなって思っています。

いろんな人が地球には住んでいて、いろんな場所に行けるし、いろんな可能性があることを自分も娘にも、身近な暮らしの中から感じてほしいなって思っています。住んでいる町に色んな面白い人がいたら、生活自体が学びにもなって、いつの間にか許容範囲が広くなって、視野が広がるといいなと思ってます。

空き家も多いし、人口も減っているし、この通りにいろんな国の人が住んだら面白いんじゃないかなって勝手に妄想しています。同じ島の食材を使っても料理の仕方も変わって楽しそう!

 

Q3.自分のフィールドである海についてどう思いますか?

お父さんは遠洋漁業の漁師で船長をしていましたが、32歳のとき海で亡くなっています。「うわぁ!早い!」って不本意だったと思います。その一瞬でいろんなことを考えたと思うし、でも好きな道を行って、好きなことをして亡くなっています。

震災もあったけど、だからって海が嫌いになることはなかったです。怖さもあるけど、もらっているものの方が多いなっていう感覚が多いから、私は憎らしいとかも全然思わないです。それが正直な気持ちかな。

あとお父さんも漁師をしていて、田舎も漁村だったから、東京では職場の人に「漁師の人と結婚して、漁師町に住みたい!」っていうのはずっと言っていました。半分現実味がなかったけど、いずれは漁師町に住みたいという想いはすごくありましたね。

 

Q4.あなたにとっての壱岐を一言で表すならなんですか?

「師範であり恩師」です。日々いろんなことを教えてもらっていて、原点回帰した場所です。

お父さんが亡くなってから、お母さんが若女将として経営していた民宿もお父さんの弟に継いだけど、漁師町の雰囲気や魚介を食べることが好きな気持ちがずっとありました。

父が志半ばで続けられなかった海の仕事を漁法は違えど自分がすると決めて、小さい頃から大好きな海との暮らしが壱岐で実現できた。自分の原点に返ってきたと感じています。

海は色んなことを教えてくれます。

海が少し荒れただけで流されて思うように動けない、泳ぐ技術もそうだけど、精神面でも鍛えられます。そこからの学びがあります。どんなに腹が立つ事があっても、海に入ると自分がイライラしてようが慌てようが何しようが、海の流れ、波には勝てない。流れに乗るかうまく同調して動き方を考える。無理をしたら危険なので、海に入る事を諦めることもある。どうしようもできないこともあると、冷静になって、謙虚でいようとも思えます。

自然は時に厳しく、時に優しく、生きることを教えてくれます。

 

そしてこの島で暮らす人たちからも沢山のことを学ばせてもらっています。

宿を始め、食堂や地域活動も始めて、暮らす中で関わる方々と一緒に楽しいことを企画したり、何とかしようと一緒にそこに向かって動いたり。

自分だけでは思いつかなかった、実現しなかったことも協力し合えば何とかなる。支え合い高め合える人達の思い浮かぶ顔が増えました。

私にとって壱岐での暮らしにかかわる自然、人、こと、すべてが、師範であり恩師です。

Photo by 髙田望


【壱州人辞典とは】

地元出身者・移住者・年齢・性別問わず、“壱岐に住む(暮らしている)人”を紹介していく企画です。
壱岐島の良さを伝えるには、その地に暮らす人にフォーカスを当てることが大切だと考え、魅力的だと感じる人を紹介していくことで「この人に会ってみたい。」「この人に 話を聞きたい。」という興味を持ってもらい、人が人を呼ぶようなサイクルを作りたいと思っています。
人から人へと辿っていくことで、私たちが知らない、壱岐の人もあまり知らない面白い人に出会いました。


~壱州人辞典一覧はこちらから~

壱州人辞典 | いきしまぐらし 【壱岐市公式】 – Part 6 (ikishimagurashi.jp)

≪この記事を書いた人≫

はんこさん

福岡県出身・宮古島育ち。けしごむはんこ作家と壱岐市地域おこし協力隊として活動。

壱岐での愛称は「はんこちゃん」

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